日本人の和菓子離れが進み…スイーツブーム30年史から見えること

日本人の和菓子離れ?
スイーツの世界は今、時代の転換期を迎えているのではないだろうか。

東京商工リサーチの記事によると、2018(平成30)年1月から10月にかけて、和洋菓子店が全国で52件も倒産している。2008(平成20)年からの10年間でも、ほぼ毎年40~60件の倒産がある。

その中でも、ケーキなど生菓子製造業の増加率が高い。町のケーキ屋、和菓子屋はどんどんなくなっている。

日刊工業新聞社が運営するニュースイッチの記事でも、スイーツ市場全体が縮小傾向にあると指摘する。コンビニや量販店は拡大路線だが、チェーン店や個人経営店が縮小しているためだ。「自分用の購買頻度が増加する一方で中元や歳暮などのフォーマルギフトの需要が減少している」とある。

若者の和菓子離れは巷で噂になっているが、2017年にオールアバウトと「うなぎパイ」で知られる春華堂が「和菓子の喫食率」として共同調査を行った結果、和菓子離れの傾向があるのは若者だけではないことが分かった。

洋菓子より和菓子を好むと回答した人が、10・20代は約15%いるが、30・40代では10%にも満たない。

和菓子が好きな人も、4割が「洋菓子を購入することが多い」と回答。その理由は、10・20代の上位は「価格」「気軽に食べられない」など、30代以上は「飲み物との相性」を挙げる。急須でお茶を淹れる家庭も少なくなり、和菓子を食べるシーン自体がないのかもしれない。

「ういろう」「落雁」「ねりきり」「かるかん」などの名称も、10・20代では1~3割しか認知していない。それはもちろん食べたことがないからで、贈答品が中心のそれらの菓子を子どもの頃に食べる機会がなくなっていることが推察できる。

以上のデータから、菓子を食べるシーンがさまがわりしたことが見えてくる。

中元や歳暮で和洋菓子が届くことが少なくなり、家に和洋菓子を持って訪れる客も減った。家でテーブルを囲んで、和菓子や洋菓子を食べるという機会がないのかもしれない。気がつけば、クリスマスケーキは2~4人分の小さいサイズが主流になっている。

では、オールアバウト・春華堂の調査で、好まれる傾向にあった洋菓子についてはどうだろうか。こちらについては、スイーツブームを振り返ることで、場面の転換がくっきりと見えてくる。

流行スイーツの共通点
スイーツブームが最も盛り上がったのは2000(平成12)年前後だが、そこに至る10年間は次々と入れ替わる流行の繰り返しだった。最初はもちろん1990(平成2)年にピークがあったティラミスブームである。

ティラミスブームは、バブル期に若者がデートでイタリア料理店を利用することが流行り、デザートで出されるティラミスに注目が集まったことが始まり。

火がついたのは当時若い女性に絶大に支持された『Hanako』が、1990年4月12日号で「イタリアン・デザートの新しい女王、ティラミスの緊急大情報 いま都会的な女性は、おいしい<ティラミス>を食べさせる店すべてを知らなければならない」と煽情的なキャッチコピーで特集を組んだこと。全国誌の『女性自身』も4月17日号でティラミス特集を組んでいる。

このブームはもともと洋菓子業界が仕掛けた。食材メーカーの不二製油がティラミスの味の決め手であるチーズ、マスカルポーネの代用品を開発して、ティラミスのレシピを洋菓子店へ売り込んでいた。また、乳業メーカーもティラミスを売り込み、商社はマスカルポーネチーズの輸入量を増やしていた。

ブームに火がついた結果、ティラミス味のチョコレート、アイスクリーム、ドリンク、キャンディなどティラミス商品が巷にあふれた。レシピが広がったおかげで、洋菓子店でテイクアウトできるケーキとなり、やがてコンビニスイーツとしても定着した。

菓子業界が、ポスト・ティラミス探しに力を入れたこともあり、1990年代は東京を中心に、さまざまなスイーツが流行った。

チーズ蒸しパン、クリーム・ブリュレ、チェリーパイ、タピオカ、ナタデココ、マンゴープリン、パンナコッタ、カヌレ、ベルギーワッフル、クイニーアマン、エッグタルト、なめらかプリン。

これらの流行で目立つのは、意外性がある新しい食感である。ナタデココのグミのような噛み応え、見た目からは想像が難しい弾力性としっとり感のあるカヌレの中身。サクサクのベルギーワッフル、トロトロのなめらかプリン。

最初にブームになったティラミスの食感も、従来のケーキとは違った。もともとケーキでなかったこともあるが、その違いは定番のイチゴショートと比べるとよく分かる。

まず、スポンジが少なくクリーミーである。そして味が複雑である。チーズ味のクリーム、コーヒー味のスポンジ、ふりかけたチョコレートが、混然一体となって口に広がる。

ふわふわのスポンジが大好きな日本人が、多彩な味や食感のスイーツを楽しむようになったのは、ティラミスがきっかけだったのではないだろうか。

フードテーマパーク誕生の意味
スイーツの世界の奥深さを知った日本人は、2000年前後のブームに踊る。

それは、フジテレビ系で1993(平成5)年~1999(平成11)年に放送され、料理人対決番組『料理の鉄人』で料理人や菓子職人=パティシエが注目されたことがきっかけである。

折しも1997年にパティシエが挑むワールドカップと言われるクープ・デュ・モンドで、日本人チームとして3位に入賞、個人として飴細工で優勝した辻口博啓氏がメディアで脚光を浴びた。

翌年、『料理の鉄人』に出演して鉄人に勝つ快挙を成し遂げ、知名度が上がったのである。「パティシエ」という言葉も、彼が注目を浴びたことで広まった。

その頃、デパ地下ブームが始まっており、百貨店はオーナーパティシエが看板の店を次々と入れるようになっていた。

それは東急百貨店が、当時注目を集めていた高木康政氏の東京・深沢にあるル・パティシエ・タカギを看板店に持ってくることに成功したことがきっかけだ。

その結果、人気店の菓子を求めてスイーツ好きがデパ地下に通うようになる。

そして2003(平成15)年、当時流行っていたフードテーマパークの一つとして、自由が丘スイーツフォレストが誕生。初年度は長い行列ができ、100万人の見込みを大幅に上回る230万人も集客した。

経営はナムコ(現バンダイナムコアミューズメント)から地元の新鮮生活社へと移ったが、現在も継続している数少ないフードテーマパークの一つである。

このフードテーマパークの誕生が、お菓子を総称する「スイーツ」という言葉の定着に貢献した。というのは、1990年代のブームには、洋菓子でも和菓子でもないアジアのお菓子も入っていたからである。

シーンが変わっても、単発ブームは続発
ブーム自体はその後次第に衰退していくが、単発のブームはその後も起こっている。

マカロン、生キャラメル、バウムクーヘン、パンケーキ、ポップコーン、ドーナツ、パフェ、ロールケーキ、かき氷、チョコミントスイーツ。そのバラエティは1990年代より幅広くなり、冷たいスイーツも多く含まれるようになった。

これらのブームから、スイーツを食べるシーンの変化がよく分かる。デパ地下やフードテーマパークに集まる人たちは、家族や友人などと一緒に食べるとは限らない。

自由が丘スイーツフォレストの場合、自分用のケーキ1個でも気軽に買える場所を作ろう、というのも誕生のきっかけの一つである。

1990年代には若い女性の「自分へのご褒美」という言葉も流行った。働く女性が自分のために買う。ケーキを食べ比べる趣味のために買う。ブログなどへ投稿するために食べる。そういうシーンが登場したのである。

ジャンルも幅広くなっている。

1990年代のブームにも、いわゆるケーキ以外にパン屋で買えるカヌレやクイニーアマンや、アジアンスイーツがある。

2000年以降のブームでジャンルはさらに広がり、歩きながら食べるポップコーン、店でできたてを食べるパンケーキやパフェ、かき氷などが入っている。

生活時間が多様になり、働く人が増え、少子化や晩婚化も進んだ。家族で、友人で、家に集まってお土産の和菓子や洋菓子を食べる機会はすっかり減っただろう。

一方で、食べたいときに食べたい場所で、スイーツを買って楽しむ人は増えた。

コンビニにも人気のスイーツはある。スイーツ男子という言葉も誕生し、昭和の時代には恥ずかしいとされた男性のスイーツ好きも認知されるようになった。外国人旅行客も増え、北海道の「白い恋人」のように、日本の土産としてスイーツを求める人たちもいる。

シーンは変わったが、甘いお菓子が幸せなひとときをくれることは変わらない。人は長い歴史の中で、甘味を尊び憧れてきた。求める人は必ずいる。変化した需要に応えきれていない店や企業があるだけなのである。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59624

 

sakamobi
sakamobi

「日本人の和菓子離れ」って表現はなんだか責任転嫁のように感じてしまう。単純に洋菓子よりおいしくないだけ。業界の努力不足を「日本人の○○離れ」と表現するのもう止めない?(;・∀・)

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