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マスコミ「海老蔵さん、取材自粛要請なんかして許されると思ってんの?二度とお前関連報道しないぞ」

   

マスコミ「海老蔵さん、取材自粛要請なんかして許されると思ってんの?二度とお前関連報道しないぞ」

海老蔵の取材自粛要請に週刊誌が応じない理由

市川海老蔵夫人・小林麻央さんの闘病が報じられている。ずいぶんと前になるが、ある狂言師一家に密着したり、七代目市川染五郎さんら歌舞伎役者に取材した際、彼らの幼少時の稽古の厳しささながら、“梨園の妻”の大変さを教えてもらったことがある。

歌舞伎役者に嫁ぐからには命をかける覚悟がなければ務まらないと言われたほどで、だから麻央さんの回復は私も願ってやまないが、他方、海老蔵氏が要請したという取材自粛のお願いにはちょっと首を傾げているのである。

〈人の命に関わることです。よろしくお願いします。マオ本人の負担になるような撮影はやめてください〉

今月十日夜のブログに、海老蔵氏はこう綴った。そして、九日に会見を開き、麻央さんの病状を打ち明けたのは、実家周辺への取材を自粛してほしかったからだと説明する。その後も海老蔵氏は取材陣に自粛を要請する旨を綴り、十七日のお願いで自粛要請は五回を数えるに及んだとのことだ。

〈多くの記事を目にします。まおのことに関しましては雑誌の方々、静かに見守ってください。よろしくお願いします。何度も何度も申し訳ございません〉(17日)

海老蔵氏の気持ちは理解しているが、しかし、そこで“はい”と引き下がったら、雑誌メディアは存在意義を失う。と同時に、海老蔵氏はその自粛要請がご自身とメディアとの決別を意味していることを理解しているだろうか?

取材を自粛もしくは切り上げる条件として、私たち現場の取材者は海老蔵氏にこんなことを申し出るだろう。であれば、今後はご子息の襲名・ご披露に関する取材および舞台・公演の宣伝を自粛させてもらいます、と。これは海老蔵氏だけでなく、すべての芸能人に言えることなのだ。婚約だ結婚だの慶事のときにはマスコミを呼んで幸せアピールに余念がない一方で別居だ離婚だ不倫だとスキャンダルのときは逃げるのはどうなのかと。

私たちは芸能人や著名人の慶事を報じさせてもらう。おめでたい話は皆で分け合いたいという気持ちがあるからだ。その代わり、祝い事を報じたように、訃報のような不幸をはじめゴシップやスキャンダルも同様に追わせてもらう。それがフェアな報道だからだ。

海老蔵氏の気持ちを理解したうえで繰り返すが、彼の自粛要請は、このフェアさ、暗黙の了解を反故にする申し出でもあるのだ。書く・書かれるという双方の立場はあっても、書く・書かせないという関係性はないからだ。そんな理不尽があるとすれば、それは言論を封殺する軍事政権国家か彼の大国か北のあの国くらいのものだ。

取材される側を含め、この理屈がわからない人は芸能界やマスコミで働けないだろうし、それでもなお週刊誌をひどいと思う人は週刊誌を読まなければいいだけの話だ。ワイドショーをひどいと思ったらワイドショーを見なければいい。

では、もし、雑誌メディアが先方の言いなりに取材を自粛したり引きあげていたらどうなるか――?

たとえば、ベッキーから今後の取材は自粛してくれと言われそれを受け入れていたら彼女とゲスの川谷絵音くんの不倫報道の続報はなかった。乙武くんの要請を受け入れたら、やっぱり続報は出ず彼の別居も報じられないままだっただろう。舛添要一前都知事の要請を受け入れていたら、知事の公私混同疑惑は初回のみの報道で終わり、その後の追及は打ち切られていた。ともすれば舛添氏は都知事を辞めず、不倫が報じられた宮崎謙介氏だって議員を辞めず相変わらずのナンパと合コン三昧の議員生活を送っていたかもしれない。SMAPの解散報道も、あんなのはガセですよぉとジャニーズ事務所に言い含められていただろう。

これらは、ぜ~んぶ週刊誌が報じたトピックで、悲しいかな、新聞やワイドショー発のスクープがひとつもないのが現実だ。新聞社は週刊誌のスクープを小さな囲み記事にしたり、ワイドショーは後追い取材して視聴率を稼いだ。

多くの人は“舛添下ろし”を是として週刊誌が続報を飛ばしていると思っているように見受けられるが、それは違う。私たちは入手した情報から見え隠れする疑問を本人にぶつけ、記事にすることで、都知事は有権者からの期待と信頼に応えるべく資質を持ちあわせているか、東京都の長としての品格と才覚は伴っているか、都知事は東京都をより良い方向に導く人材に値するのか否かを問うているのだ。そのために取材を続け、追及第二弾第三弾を飛ばす。

が、海老蔵氏が訴えるとおり、度を超した取材は糾弾されてしかるべきでもある。

問題は、海老蔵氏が言う、麻央夫人の“命に関わる”取材や“マオ夫人の負担になるような撮影”を週刊各誌がやっていたのかどうかだ。J-CASTニュースはこんなふうに伝えている。

〈「何度も何度も」とあるように、海老蔵さんはマスコミに対し重ねて取材自粛を訴えてきた(中略)だが、そんな必死の訴えも一部マスコミには届かなかった。会見直後のブログでも自粛を念押ししたにもかかわらず、翌10日には麻央さんの実家周辺等で取材や盗撮行為があったというのだ〉

かなり海老蔵寄りの見解だが、この記事をお書きになった方は、はたして誰から実家周辺等での取材や盗撮があったことを聞いたのだろう?  ご本人が“実家周辺等を取材して”盗撮をしている週刊誌カメラマンを見つけたのか、はたまた、取材自粛を要請した海老蔵氏本人に“取材して”聞いたとか。どの媒体がどんな盗撮写真を掲載しているのか、J-CAST氏は教えてほしい。どの週刊誌ですか?

その盗撮の度合いが一線を越えていると判断しうる下劣な写真であるならば、私もJ-CAST氏と一緒にその媒体を糾弾してもいい。やってはいけないことをやった媒体があれば、同業者として強く抗議することもやぶさかではない。

だが、海老蔵氏がブログに書いた自粛要請を“必死の訴え”と綴るJ-CAST氏の書きぶりを読むにつけ、もしかしたらこの方は本物の“取材現場”をご存じなく書いているのではないかと勘ぐったりもする。メディアスクラムの現実を見知っていれば、海老蔵氏のブログを“必死の訴え”などと表現したりしないからだ。

私にはメディアスクラムの輪から逃げ出した情けない過去がある。こんなところで取材したくないと思っての逃避だったが、私たち取材者は誰もがそんな経験をしている。

週刊誌の編集者やライターは、そのネタを記事にする意義と、記事にしたとき名誉毀損で訴えられる可能性の有無を取材段階で考えるものだ。だから、後々、問題視されかねない行動は慎み、危うい取材はしないはずなのだ。だからこそ、モラル無用の媒体はその不逞を非難されるべきでもあるのだけれど。

また、週刊誌は当たり前のように“盗撮”をする。ベッキーばかり槍玉に挙げるようで申し訳ないが、彼女が長崎のホテルで川谷くんと密会しているときの写真も、宮崎謙介議員(当時)のマンションを訪れた不倫相手の写真も、古くは民進党の細野剛志議員がお嬢さんの運動会をスッポかして山本モナさんと京都旅行に行った際の“路チュー”写真も、自民党の中川郁子議員と門博文議員の“不倫路チュー”写真も、全部隠し撮りだ。

私はマスコミの“盗撮”を否定しないが、もし、断りもなく市川家への侵入を試みる、道を挟んだ真向かいのマンションの上層階を借り窓際に固定した望遠レンズから市川家の屋内の撮影に臨む、関係者を装い麻央さんが入院する病院に潜り込む等々の行為があれば、それは非難されても仕方ないだろうと思う。そんな不埒なカメラマンはいたのか、J-CAST氏に訊いてみたいところだが。

長男・勧玄くんは青山学院大学附属幼稚園に合格していたが、母親の担務が多岐にわたることから入学を取りやめ、自宅近くの幼稚園に通うことにしたのだという。また、片岡愛之助氏は九月に披露宴を控えているため、海老蔵氏はこの親友にも麻央夫人の病状を伏せるといった心遣いも見せていた。演劇担当記者が言う。

「今年五月、尾上菊之助、尾上松緑とともに『菅原伝授習鑑』の『寺子屋』の段を演じました。海老蔵の役どころは、主君の息子を守るため自身の息子の命を差し出す舎人。肝が据わっていて、別格でした(中略)

“でかしゃった、でかしゃった”と、打たれた息子の首を見て褒めるさまは圧巻。抑えに抑えた感情が一気にほとばしる。麻央さんの病にぴたりと寄り添い、このことが外部に漏れないよう、耐えてきた。その日々を経験したからこその演技だったと思います」

若かりし頃の素行の悪さと相まって、これまでの海老蔵氏の演技は、酷評に告ぐ酷評で塗り固められていた。曰く、台詞に演技がついてこない、役作りが必要な演目なのに極めて浅い解釈で演じてしまう、滑舌が悪く声が通らない、演技がくどくてメリハリがない等々――、とさんざんだった。

が、三年前に父・十二代市川團十郎を亡くして市川宗家当主を継ぎ、昨年は長男・勧玄くんの初お目見えをすませ、そして、麻央夫人とともに闘うことで海老蔵氏の芸は一皮剥けたようだ。成田屋には悲しいできごとが続いているが、判官贔屓の日本人は、だからこそ成田屋を応援したいと思っているはずだ。

海老蔵氏のブログには、麻央夫人の回復を願うコメントと海老蔵氏を支援するコメントに並び、マスコミを非難するコメントもずらりと並んでいる。マスコミの取材攻勢は相当に嫌われているようだ。でも、海老蔵氏が、自分を擁護するコメントだけを受け入れていたら、成田屋はいずれ廃る。

成田屋は長らく人間国宝を輩出していないが、いつの日か、海老蔵氏の芸が人間国宝に認定される日が来ないとも限らない。一皮剥けた海老蔵氏がさらなる精進を重ねたら本当にわからない。

その可能性を秘めた海老蔵氏には、自粛を要請するのでなく、メディアとぎりぎりの折衝をしてほしいと私は思う。

取材陣が取り囲んだせいで家から出られず、勧玄くんは幼稚園を休んだという話もあるが、海老蔵氏とメディアが早い段階で話し合いの場を設けていればよかったようにも思う。海老蔵氏は、埋め合わせの会見なり別のシャッターチャンスを設けることを約束し、取材陣は子どもの送り迎え他の写真は撮らないとの取り決めを早くに申し合わせていれば、もしかしたら今回の自粛要請には至らなかったかもしれない。

にらみが成田屋の“お家芸”であるように、執拗なのがメディアの“お家芸”でもある。だが、海老蔵氏が何があっても守り抜くと決めたプライバシーを侵害する権利は、いっかなマスコミでもあるはずがないのだ。取材現場を歩く記者たちの自制と理性と良心とが、メディアの成熟度を映し出すのである。

こたびは、現場の記者さんらに自制と理性と良心があったか、だ。

メディア各誌がそれぞれ違う角度から切り込めば過熱する取材攻勢もメディアスクラムもなくなるのだが、いまのところ、それは理想論のようだ。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160625-00093630-diamond-soci&p=1

刺激的な内容。だけどマスコミ諸君、これだけは覚えておけ。今テレビを見てるのは馬鹿と老人だけだ。

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