【監督】押井 守「いま日本の実写の世界でじいさんやる役者がいない。かっこいいジジイがいない。声優の世界だって同じ」

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「時代」を共有できない時代に、文化は成り立つか?

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抜粋

押井:思うんだけど、役者というのは「どう枯れるか」が最終的なテーマのはずなんだよ。外国の俳優なんかはそれがあるわけだよね。そしてそれに失敗した人間もいっぱいいる。ピーター・オトゥールとか、アラン・ドロンもそうだけどさ。イギリスの俳優とかは伝統があるからだけど、みんな枯れ方がうまいんだよね。老人役だったらイギリスに行って探せというぐらいでさ、「ゲーム・オブ・スローンズ」(米TV/11)なんて、たぶん7割ぐらいイギリスの俳優だよ。こないだも家で見てて奥さんとその話になったんだけど「やたらイギリスの俳優ばっかりだよね」って。それはファンタジーだから様になるという話なんだよね。ヤンキーじゃダメ。若い役はともかく、王様だ女王様だと言ったらもれなくイギリスの俳優だよ。

ー「シェイクスピアやれる奴を連れてこい」みたいな。

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押井:そう。堂々たる押し出しがあってさ、セリフも顔も三拍子そろってるわけだ。渋いし。そういう風に、役者というのは枯れることがテーマだったのに、最近は枯れないことがテーマになった。「あの人いつまでも若いわね」って。女優だったらまだわかるよ。端的に言うと、いま日本の実写の世界でじいさんやる役者がいないんだよ。もう払底しちゃった。

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押井:今「じいさん役者」で誰がいるかって言われたら、いないんだよ。ばあさんはそこそこいる。元タカラジェンヌとかはものすごくかわいい、品のいいばあさんとかやれるからね。かっこいいジジイがいないの。昔はいっぱいいたんだよ。声優の世界だって同じ。ジジイ役を振るのは大変なんだから。いつもワカ(若林和弘)が嘆いてるからね。ジジイはいない、若い奴であふれ返ってる。

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ーいかにして死ぬかの価値観がない、死生観がない、というお話ですが、それは言い換えると「じゃあどうしていま生きるのか?」「これからどう生きたいのか?」というテーマがなくて、ただただ「とにかく若く健康で生きたい」という手段の部分が目的になっているという話ですね。

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押井:快感原則しかない。それは「文化の爛熟」と呼ぶんじゃなくて、単なる退廃だと言ってるわけ。文化の爛熟というのは、最終的には死生観にたどり着くはずなんだよ。いかにして死ぬかという。それが文明の最高レベルですよ。この話はわりと本質的な話なんだよね。

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映画監督は長くやってると必ず死生観をめぐる映画を撮るものなんですよ。例えば宮さん(宮崎駿)の「千と千尋の神隠し」(01)は死生観の映画。

ーどの辺が「死生観」なんでしょうか。

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押井:賽の河原みたいなエピソードがあったでしょ。小さな少女(千尋)が賽の河原を電車で渡って向こうに行くという話はゾクゾクしたよ。あそこだけ。あとはつまんない。あと高畑(勲)さんの「火垂るの墓」(88)。川のあるあの自然って、三途の川を渡るわけだよね。あの映画自体が死生観だよ。妹を見殺しにする話だからね。映画監督はみんなやるんだよ。鈴木清順も「ツィゴイネルワイゼン」(80)でやった。私もやった。「イノセンス」(04)だよ。あれは冥土の話だもん。あの世に行く一歩手前の話。だから幽霊と人形と動物しか出てこない。「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」(08)も死生観と言えばそうなんだけどさ。サー(リドリー・スコット)ももちろんやってる。特に物語に関わってる人間は最終的にそっちにしか行けないの。やってないのはマイケル・ベイぐらいのもんだよ(笑)。

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全文はソースをご覧ください
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00088/012100009/?P=1

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sakamobi
sakamobi

カッコいいジジイはみんな死んじゃったよ・・・
残ってるのは若さにしがみ付いてる連中だけ😩😩😩

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