世界最低レベルの外国人受け入れ寛容度、ニッポンの末路

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世界最低レベルの外国人受け入れ寛容度、ニッポンの末路

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今回は最近やたらと気になっていることについて、あれこれ考えてみようと思う。
テーマは「外国人」、いや「冷たい日本人」、いやいや「同調圧力」……といったニュアンスだろうか。

要は、外国人労働者の受け入れを拡大し、ラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピックと世界的な祭典が続く日本で、「これって、どうよ?」と首をかしげたくなるような出来事が散発したのである。そう、私の半径3メートル以内で。

で、その私が感じたことが、そのまま数字に表れた調査結果が公表され、「私感」だけで済ませるレベルではないと考えた次第である。この時点で、「何を大げさなことを言ってんだ!」と思った人もいるかもしれないけど、立て続けに明らかになった吉本興業などの芸人の偏見に満ちたネタの根底にも通じるものだと個人的には解釈している(ネタが気になる人はググってください。ここで書くのも嫌なくらい最低なレベルなので)。

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今回まず取り上げる調査は英金融大手HSBCホールディングスが実施している年次調査で、「生活」「仕事」「子育て」の3分野15項目について、出身国以外で働く労働者1万8千人に評価してもらう、いわば「外国人が住みたい、働きたい国ランキング」だ。

日本は総合ランキングで33カ国中32位と、いつもながらの“ブービー指定席”をゲット。そこから浮かび上がった「半径3メートルのニッポン人」の姿はあまりにも残念というか、悲しいというか。「真摯に受け止めないと誰も日本に来てくれなくなるぞ!」というものだった(以下、要約)。

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賃金やワークライフバランスは最低ランクの日本
【生活】
・全体では15位
・「生活のなじみやすさ」は32位とブービー
・「コミュニティの許容性」は26位と下位グループ
一方、「政治的安定性」は6位と高く、「生活の質(QOL)」も13位と比較的高かった。

【仕事】
・全体では30位
・「ワークライフバランス」は33位と最下位
・「賃金」も33位で最下位
一方、「経済的安定」は13位で比較的高く、「潜在的可能性」は16位。

【子育て部門】
・全体では33位と最下位
・「教育」は33位と最下位
・「友だちづくり」は32位
・「学校教育」は24位でなんとか下位グループをまぬがれた

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結果を大ざっぱにまとめると、「日本という国はね、結構、いいところだよ。ただね~、そこで生活するってなると話は別なんだよなぁ。結構、みんな冷たいんだよね~。しかも、給料安いし、仕事ばっかだし。子育てするのも不安なことが多いかなぁ~」といった感じだろうか。

いずれにせよニッポンの人は旅行者の「外国人」には優しいのに、共に生活する「外国人」に冷たいという不都合な事実を、外国人のまなざしが明らかにしてくれたのである。

それだけではない。今回の調査で衝撃的だったのは、中国、ベトナム、フィリピンの方が日本よりかなり高く評価されたってこと。

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外国人労働者が日本に来る動機がなくなる
中国は総合では26位だが、仕事部門では18位。ベトナムは総合で10位と、前年の19位から大躍進した。特に、仕事部門全体で33カ国中3位と高く評価されている。賃金は27位と低いが(それでも日本より評価が高い!)、その他の労働環境のポイントが高かった。

一方、フィリピンは総合で24位で、前年の28位からランクを上げた。仕事部門も24位だが、賃金の評価は15位と高い。

現在日本で働く外国人(駐在している)は「中国」が38%で最も多く、「ベトナム」18%、「フィリピン」 7.7%と、7割をアジア系が占める。

つまり、外国人労働者に対して「世界のほかの国と比べるな!」だの「低賃金がイヤなら母国に帰ればいい」などとのたまう人がいるけど、このままだと誰にも日本は相手にされなくなる。

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低賃金で暮らしにくい国ニッポン。事故や病気で亡くなる技能実習生・研修生のうち全体の3割が「過労死」するニッポン(「国際研修協力機構」の報告書より)。そんな国を誰がわざわざ選んでくれるだろうか。そのリアルを、日本はもっと真摯に受け止めるべきだと思う。

と、すでに問題山積で私の脳内のライオンとサルが大暴れしているのだが、今回私が問題にしたいのが「ニッポン人」そのもの。

件の調査でいうと、「生活のなじみやすさ」32位、「コミュニティの許容性」26位、「友だちづくり」32位という、身近なニッポン人に対する評価が壊滅的に低いことに強い危機感を覚えているのである。

ニッポン人が外国人に向ける「まなざし」の根深さは総合ランキングで最下位グループに入ったほかの国と比べると、より具体的になる。

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33位のブラジルは、「生活のなじみやすさ」は10位、「コミュニティの許容性」25位、「友だちづくり」15位。31位のインドネシアは、「友だちづくり」「生活のなじみやすさ」は30位だが、「コミュニティの許容性」は4位と極めて高い。

どちらも「国」という枠で捉えると難しい面があるけど、自分の半径3メートル以内は「案外暮らしやすい」。日本とは対照的。

もし、この結果を見て「何も感じない。ニッポン人の何が悪いわけ?」とマジで思う方は……、申し訳ないけどかなり深刻な状態にあると考えていい。

冒頭で書いた通り、私はまさにこの「深刻な状態にある」とおぼしき状況に、立て続けに遭遇したのだ。

外国人とともに暮らす社会が想像できない貧しさ
1回目は9月28日の土曜日。ラグビーワールドカップで日本がアイルランドと対戦していたときの出来事である。前半の試合をテレビ観戦したあと、私は前日に予約していた室内ゴルフ練習場に行った。すると受付の人がテレビの前に張り付いていたので、「なんかすごかったですね! 後半戦も頑張ってほしいですよね~!」などと、にわかファン同士(私と受付の人)で盛り上がっていた。

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すると、隣に座っていた50代くらいの男性が、日本代表チームに対して「どこの国籍だかわからないヤツらばっかで、応援する気がしないよね」と言い放った。

それに対し、受付の人が「でも、日本文化をいろいろ学んだりしてるってNHKでやってましたよ。日本人よりも日本人かもしれないですよ」と軽く返したところ、件の男性は「見た目がね…」と一言。

「おい!! 見た目が何??!! おい、おっさん!!!」と私の脳内ライオンが大暴れだった。

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2回目は10月1日の火曜日。免許更新のため試験場で2時間講習を受講していたときのこと。教室の中に外国の人がいたのだが、配られたテキストにも、流されるVTRにも英語表記などは一切なし。で、後半の講習が、質問に○×で答え、自分の運転の習性を知るテストだったのだが、配られた用紙もスミからスミまで日本語オンリーだった。

近くに座っていた男性がたまりかねて、「すみません。これ、外国人の人は答えられないですよ!」と手をあげたところ、教官は「いや、仕方がない」と一言。なんらフォローすることもなく、わびることもなく、外国の人に目を合わすこともなく、切って捨てたのである。

外国の人は手を挙げた男性に、「Thank you! ダイジョブ」と会釈したけど、いったいなんのための講習なのか? まったくもって意味不明だ。

日本人は「日本人が話す英語」にも厳しいけど、日本で働くあるいは暮らす「外国人の日本語」にもかなり厳しい。その厳しさといったら不可解極まりないほどだと常々感じていたけど、異国の地から言葉も文化も違うこの日本という国に来て、いろいろと苦労するであろう「外国人」に「仕方がない」の一言で終わらせるとは……あきれてしまう。

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地下鉄のマナー・ポスターでは外国人が“悪者”に
そして、3回目が、水曜日(2日)に地下鉄に乗ったときのこと。座席がほどよく埋まっていたので、手すりにつかまり、座席の上に貼られたポスターが目に入った途端、脳内ライオンが暴れ出した。

ポスターの右半分には「ホームでは、順序よく並んでお待ちください」という大きな文字。上には「整列乗車のマナー」と書かれ、電車を待つ人たちのイラストが描かれていたのだが、1人だけ並ばずに立っている人がいた。

金髪の外国人。

そうなのだ。大きなキャリーバッグを持った金髪の外国人が、“マナー違反”をしている人として描かれていたのである。ふむ。いったいなぜ、列を外れている人をわざわざ「金髪の外国人」にする必要があるのか?

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「別にそういうわけじゃなくって~」と言わんばかりに黒人男性を整列メンバーに入れたのも気になる。私の考えすぎ? あるいは、うがった見方をしすぎだろうか?

だが、想像してみてほしい。もし、外国に行ったときに同じようなポスターがあって、カメラをぶらさげ、歯を出して笑い、ウエストポーチを着けて、明らかに日本人を表現したとおぼしき人物が「マナー違反」をしているがごとく描かれていたら???
「自分は歓迎されてないんだ」と寂しくなるのではないか?

そもそも「マナー、マナー」とやたらと連呼するけど、これらはすべて「ルール」だ。ルールとマナーは別。ルールは誰かが決めた決まり事であるのに対し、マナーは文化的なしきたりや風習で、どちらかというと人格に近い言葉だ。

マナーのない人が多いから、ご丁寧に駅のホームに線までひき、「ここで待ってくださいね!」というルールを作った。日本では「マナー」という言葉を借りた「ルール」が山ほどある。

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どんなに整列して待っていても「マナー」がよくない人は、電車から降りてくる人を押しのけ乗り込もうとする。私は何度もそういう人のおかげで、降りそびれそうになった。何度も「降ります!!」と声を上げた。むろん通勤電車に乗り慣れてない私が悪いのかもしれないけど。

いずれにせよ「日本には見えない鎖国がある」という日本に住む外国人の知人の言葉に、激しいショックを受けたことがあるが、やはり日本には「目に見えない鎖国」が明らかに存在するのだ。

そして、その「鎖国の壁」を作っているのが「ニッポンの人」。すなわち「私」たちそのものが、外国の人を差別している。

日本人にとって日本に住む外国人は「よそ者=集団の内部に存在する外部」であり、「一緒に働く同志」でもなければ、「一緒に生活する仲間」でもない。その不寛容さが、日本人の心の底に潜む厳しいまなざしが、外国人観光客が増えたことで表面化し、通りすがりの観光客に対してまで広がっているのである。

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本来であれば、外国人が加わることが外圧となって、日本人特有の同調圧力や単一の価値観がいやおうなしに壊れていくものなのだが、逆にそれを脅威に感じ「オレたちのやり方を変えるな」と、あえて主張することで「あうんの呼吸よろしく!」的な同調を強いる空気が広がっている。

巷(ちまた)にあふれる「マナー順守」のポスターやチラシも、ある意味拡大された「同調圧力」じゃないのか。残念だし、悲しいことではあるけど、日本は冷たい国に成り下がってしまったのだ。

他者への寛容さが失われたニッポン
私ごとではあるが、子供のときに米国に住んでいた時に、アメリカ人がやたらと何でも聞いてくることに、子供ながらに驚いたことがある。

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英語を私がしゃべれなくとも身ぶり手ぶりでアレコレ聞いてくる。サマーキャンプでは、「カオルはブディスト(仏教徒)か?」「食事はチキンでいいのか?」「ビーフでいいのか?」などと質問攻めだったし、知らない人でも「ハーイ」と声をかけるし、買い物をしていると「そのバッグ、どこで買った?」って聞かれたり、「あなたのその靴、すてきね」と褒められたり。コミュニケーションの取り方が、日本とはまるっきり違うのだ。

そんなマメなコミュニケーションを駆り立てているのが、「みんな違う」ってこと。
米国では「みんな違う」が前提になっているため、マメなコミュニケーションをとることで、相手を知り、自分を知ってもらい、互いに信頼感を築く努力をしていたのである。

先日、日本を愛してやまなかったドナルド・キーンさんが、生前、知人に送ったメールの文面が明らかになったと報じられた。そこにはキーンさんがこれまであまり語ってこなかった気持ちが記されていた。

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「私が懸念しているのは、日本人は私がいかに日本を愛しているかを語ったときしか、耳を傾けてくれないことだ」と。

キーンさんが嘆いていたのは、他者への寛容さが失われているように見える日本人の姿だったそうだ。

さて、と。「外国人が住みたい、働きたいランキング」32位という結果を、あなたはどう捉えますか?

https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00043/?P=1

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sakamobi
sakamobi

もはや日本って新興国からも3軍レベルが来る国になってしまったんよね。その自覚がどのくらいあるのか…😰😰😰

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